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花 * 日 * 和
ゆるゆると、ものづくり。フラワーアレンジと蜻蛉玉。
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私と誰かと
ひかり

何かしらを作っていて、とてもうまいこと行っているとき

もう何にもいらないっていう思いが

底から湧き上がってくることが多々あります。


ああ、良い。もう、あれもこれも、それもこれも、

何もいらないや。これで充分。って。



なのに、数十分後には、そう思ったことを

誰かに伝えたい・・・!って思っちゃうからやっぱり

私には誰かが必要です。


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作品展
作品展

蜻蛉玉の作品展、本日26日、最終日です。

高円寺、蜻蛉玉ばぶるす様にて。13時から21時まで。

最終日なのでちょっと早く終わるかな。

ぜひ、あそびにいらしてください。

http://hiyoritama.blog8.fc2.com/blog-entry-171.html


+++++

また終了してから、レポ記事書きますけれども。


それにしても、自分の作品を人にプレゼンするのって、苦手で。

何かしら質問をいただいたら、答えられるのだけれど。

何も聞かれないとき、どのあたりをどんなふうにお話ししたらいいのか

イマイチ判断ができなくて。

どうしたらよいのか、わからないので、どうしよう、って、ソワソワします。


自分以外の作品だったら、自分が「わあすてき!すごい!」って思ったこと、

アレコレたくさんしゃべれるんだけれど。


むむ。。


もう、観てくださるだけでもう。ありがたくて、ありがたくて。。



そんな、ちょっと、挙動不審な私ですが、26日は仕事の都合で

お店にはおりません。ご安心を・・・。

どうぞ、よろしくお願いいたします。


えみ
かぎ

全部遊びだって言う

口元


かげ

私がいなくても

何ら支障なく動いていく世界

私は必要としている

世界。


何も必要とされていないのなら

ここに私がいた証だけでも

刻もうとして。


風化しても消えないくらいの。

証。


それが何になるのか

何にもならないのだろうか。


けれどせめて、


365日
ひかり

2月18日が父の命日でした。

はやいもので、もう1年。1年前の25日がお通夜で、26日が告別式でした。

はやいもので。。


なぜか、18日前は、気持ち的に緊張していて。

展覧会の準備云々の問題ではなく。

18日が過ぎたら、ふっと、気持ちが楽になりました。


カレンダーがあって、日をきざむ。

「1年前の今日」という時間が存在していて、

それを意識することが、そういう気持ちを作り出すんだろう。きっと。


この1年でいろんなことがあって。

いろんなことが変わっていって。

けど、何も変わらないこともあって。

いろんな曲線グラフが入り混じって、ゆるやかに、線を描き続けているような。


自然
そら

空の青い光の濃淡。

そこに広がる雲の表情は毎日違って。複雑な表情に、心奪われるのです。

決して人が作り出せない表情は、どんな時でも美しくて。

そしてそれは不変。普遍。不偏。


空には、越えられない美しさがあります。

だから、そんな、空の写真は誰が撮っても美しく撮影できます。

どこを切り取ってもね。

どんなカメラでもね。

それらしい写真ができます。


私の写真がうまいのではなくて、空が、ただ美しいんです。

気を付けて。


それらしく見えるものには、気を付けて。

気を付けて。

+++++

ところで、今週末から来週にかけて、高円寺のお店で1週間

ガラス、蜻蛉玉の展示会いたします。販売もあります。

友人の加藤由佳さんとの2人展です。

加藤由佳さんの作品は、こちらのサイトで見られます。
 → 「蜻蛉玉えん」http://yukakato.jimdo.com/

「どれどれ、展覧会、見てあげよう!」という方は、

私に会った時にでも声かけてください。DMと詳細、お渡しいたします。

どうぞよろしくお願いいたします。



ひととき
ひかり

ただ見惚れていたかった


2月
ひかり

今は今しかないから

躊躇してることもすべてやってしまうと、いいんじゃないかと。


やりたいことをやるとか、会いたい人に会うとか。


その迷っていることをできる最良のタイミングというのが

前後考えると実は、すごく短い期間だったりするから。


++++

2月18日土曜日は、父の命日です。
もう、1年経ってしまいました。


去年の今頃を振り返ると、すべてがピンと張りつめていて
取り巻く空気すべてが、冷たく感じていました。

2010年12月から2011年2月にかけてくらいの、ココのブログの記事は
ほぼ、父の闘病に立ち会う中で感じたことを書いたものです。
ふと振り返ると、その時の自分を感じて、いろいろ思い出しては
ちょっと気持ちがふさぎます。
風の冷たさも、空の色も、去年と同じ、2月のもの。


思い出話。

以前、自宅でガラスを作っていたとき、父がよくふと見に来て、
集中できないから!!って追い出したことがありました。
それが面白かったらしく、わざと見に来たりして、本当嫌でした(笑)

12月28日あたり、一時帰宅ができて、その時に私がお正月のお花を活けていて
そばで見ていたいと、私が作っているのを見ていて
なんか泣きそうな気持になったことを覚えています。

去年の今頃は、そろそろホスピスに入る頃でした。
自宅からちょっと離れた場所だったので、バスで。


父が亡くなる数日前、一時帰宅しました。
けど、帰ってきてその夜、すぐに具合が悪くなって病院に戻りました。

だいぶ力がなくなってきて、発する声もか細くなってきたあるとき、
「帰る!」「俺はもう死ぬんだ!」って急に大きな声で
言ったそうです。母談。
死期を悟った人は、何を思うのでしょう。
書き残してくれない限り、聞くことはばかられます。

線香のかおりが、記憶を呼び出します。

もしかして、線香の香りって、そういう意味もあるのかしら???
死の場の香り。香りと記憶。
ガッテン?!

+++

そんなこんなで、もう、1年。

日常は続いていくのです。
一人の人がいなくなっても、いきている人の日常は
日常としてずっと続いていく。

それが、当然のことなのに、すごく不思議に感じることがあります。
ああ、日常だなあと。

ご飯食べて、仕事したり、お出かけしたり、人と会ったり、なにかしたり。

この不思議な日常が続いていることも、実は奇跡的なことで。

生きているということが、なにか、すごく太いパイプのようであり
ペラペラのすぐに壊れてしまうガラスのようであり。

どうにもまとまらないのですが、
とにかく、今を大事にしようと、思うのです。


24時
ひかり

この時は今しかないから
今しかないから

今しかないのに
今しかないのに



そうしてまた何を話したかったのか
忘れてしまうんだ


ひかり

いつも幻を見ているのかもしれない。

あると思っているものは

そこには、無いのかもしれない。


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